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昨日の続き 因果応報 Karma
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    JUGEMテーマ:幸せなアンチエイジングの習慣

     

    昨日の続き 因果応報 Karma

     

    先日の夫の出来事について、どうしたらいいものかと考えていました。

     

    昨日の朝、出かける際の夫に、「昨日言ったKarmaという言葉、忘れないでね」と一言伝えました。

     

    そして、ピンときたのです。

     

    そうだ、毎日、夫に「Karma (因果応報)」と言う言葉を伝えよう。

     

    そうすれば、きっと夫の心にも少しずつインプットされるはず。

     

    例えば電車に乗ったときなど、イラっときたり不機嫌になるような人込みだったとしても、もしかしたら「Karma」という言葉を思い出すかもしれない。

     

    それに、私自身も彼に伝えることで、この言葉を毎日思い出すことができます。

     

    自分にも言えることです。

     

    例えば、先日の電車での出来事についても、私は夫に対してとても感情的になり、不機嫌で怒りモードの夫に対して、自分も怒っていたのです。

     

    自分は正しいことを言っていて、夫は自己中心だと、夫を責め立てていましたが、そんな自分も感情的になっていました。

     

    私自身、夫に対して、すぐに感情的になってしまう。

     

    私の場合は、他人に腹を立てる夫に対して、腹を立ててしまう。

     

    だからこそ、私の横には、すぐに感情的になる夫がいるのかもしれない。

     

    人間は誰しも完璧ではないし、完璧にはなれないし、完璧である必要もないけれど、

     

    だからこそ、毎日、日々振り返り、大切なことは自分に言い聞かせることが大切だなあと思うのです。

     

    私が彼に「Karma」と言う言葉を毎日伝えることで、私自身も人にやさしくしようと思えるし、また夫に対して感情的にならないようにしようと思い出すことができます。

     

    英語を話す人ならば多くの人が知っている「Karma」、同じように日本人ならば多くの人が「因果応報」と言う言葉を知っています。

     

    私もこの言葉を若い頃から知っていました。

     

    ですが、ただ意味を知っていただけで、きちんとその意味を把握していなかったと思うのです。

     

    心の底まで理解できたのは、本当に最近になってから。

     

    それが、いつだったか、はっきりとは覚えていませんが、さんざんな経験をしたことで、身に染みて実感できた、と言うべきかもしれません。

     

    骨の髄まで、その意味を理解できたのは、自分で因果応報を体験してきたから。

     

    それでも、時に、忘れてしまいそうになります。

     

    忘れてはいけない大切な言葉。

     

    人間として、生きていくうえで知っておいたら絶対に損はないと思うのです。

     

    そして、忘れないで常に覚えていたら、自分の日々の行動もより変わってくると思います。

     

    そのためにも、これから毎日唱えようと思います。

     

    Karma 因果応報」

     

    今日も一日、少しでもよいことができるように。

     

    夫に対して感情的にならないように。

     

    そして夫も少しでもこの言葉を思い出すことができますように。。。

     

     

     

     

     

     

    posted by: twinchipmunks | 自分磨き | 07:16 | comments(0) | - |
    因果応報 Karma
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      因果応報 自業自得

       

      Karma

       

      What goes around, comes around

       

      自分がしたことはいずれ自分に返ってくる という意味の言葉です。

       

      昨日、久々に夫とかなりの口論になりました。

       

      それは、久しぶりに夫と出かけた帰りの出来事。

       

      電車に乗ると、かなり混んでいる時間帯で、ぎゅうぎゅうまでとはいかないですが、それなりの混雑。

       

      人の少ないスペースを探して、車両の中ほどへ進んで立っていた時のこと。

       

      目の前に座っていた女性がせきをしていました。

       

      夫は英語で、「最悪だ、だから電車は嫌いなんだ。人が多いところで咳する人間がいるから。あばずれ女め。」

       

      というようなとても酷い意味のことをいきなりまくしたてました。

       

      私は、「彼女ちゃんとマスクしてるでしょ?それに咳は誰だって好きでするもんじゃない。自分だって風邪ひけば咳するくせに」

       

      と返したのですが、彼は「くそ。最低なビッチめ。」とブツブツ言っています。

       

      そして、その座っていた女性は英語がわかる人だったようで、あきらかに夫の言葉に反応しています。

       

      夫はそれに気づき、「彼女、俺の言ったこと、わかったみたいだ、ざまみろ」的なことをさらに言うのです。

       

      私は、頭にカーッと血が上るのがわかりました。

       

      「どうして、この人は、こうも、自己中心でひどい人間なんだろう。」

       

      彼のその言葉は、その日一日の楽しかったすべてのことを帳消しにしてしまいました。

       

      こんなことなら、彼と出かけないで家で平和な一人の時間を過ごした方がよっぽどよかったとどんなに後悔したことか。

       

      彼がこんな風にひどい人間になるのは、特に人込みの中。

       

      田舎育ちの彼は都会の人込みが大嫌い。

       

      混んでる電車、混んでるお店、混んでる道路など、とにかく人が密集するところへ行くと、途端に悪魔のようになります。

       

      なので、私は彼と人込みへは極力行かないようにしているのです。

       

      大好きな花火やお祭り、イベントなども彼とはでは行けません。

       

      彼が言うには、「人が多いところでは、たくさんの自己中人間がいて、みんなが彼に不快か思いをさせる」そうなのです。

       

      例えば、道路を歩いていれば、前からくる自転車に乗った人は彼に譲ろうともせずに直進してくる。

      前を歩いている人が道をふさいで、全然開けようとしない。

       

      混んでいる電車や人込みなどでは、周りの人間が彼を攻撃的に押してくる。

       

      ですが、私が思うに、それは彼がそういう態度でいるからなのではないかと思うのです。

       

      彼がすでに不愉快極まりない顔で、不機嫌に歩いていたり、電車に乗り込んだりする。

       

      そして、彼の方から譲ろうという気持ちは全くありません。

       

      そんな不機嫌な嫌な奴に誰がやさしくしたいでしょうか。

       

      私だったら、そんな人に譲ろうとは思いません。

       

      相手が押してくれば、こっちだって押し返したい。

       

      それが人間というもの。

       

      ですが、相手が「すみません。ありがとうございます」というような態度の人だったら、

       

      もっと優しくしようという気になります。

       

      それも人間というもの。

       

      つまり、彼がやっていることは、周りを不愉快にさせて、一緒にいる人間を不愉快にさせて、自分でも不愉快な思いをして、そのためにさらに周りに不愉快にさせるような人間が目につき、もっともっと不機嫌になり。。。

       

      と悪循環なのです。

       

      人間はだれでも、善と悪の心を持っています。

       

      だから、誰でも善にもなるし、悪にもなる。

       

       

      確かに人込みや混んでいる電車は、気持ちのいいものではありません。

       

      それを大好きという人はきっといないと思います。

       

      ですが、自分の気持ちをそのまま周りにぶつけるというのは、子供のすることです。

       

      自分の思うがままに行動し、周りの状況や人の気持ちを考えない。

       

      それこそが自己中心で、わがまま。

       

      ですが、実はこれは、私自身にも覚えがあります。

       

      私がまだ20代だったころ、私は時に、彼のように自分の感情をそのまま爆発させたりすることがありました。

       

      あの頃の私は、それが自分の権利であるかのように、自分の思いをまくしたてたりしていました。

       

      要は子供だったのです。

       

      そして、今の夫も、また子供のままだと思うのです。

       

      だからこそ、夫の気持ちもわかるのですが、夫にわかってほしいと思う。

       

      「自分がやったことはそのまま自分に返ってくる」 ということを。

       

      自分が周りに優しくすれば、周りには優しい人間ばかりで、良いことがめぐってくるし、

       

      自分がひどいことをしていれば、周りにはひどい人間ばかりが目に付くようになり、嫌なことばかりが起こる。

       

      夫が「なぜ、こういうことが俺にばかり起こるんだ!フェアじゃない!不公平だ!」

       

      と、自分はついていないと言います。

       

      普段はとてもやさしい面もあり、面白くてユーモアたっぷりで、人のことを思いやることもできる人なのに、人込みなどへ行くと突然悪魔になる夫。

       

      まるで2重人格のようだと思うこともあります。

       

      嫌だ嫌だと、不愉快になり、周りの不愉快な人間を自ら探しているようにさえ見えます。

       

      いつか、彼もKarmaを理解してくれることがあったら、きっと周りにも優しくなれるんじゃないかと思います。

       

      自分から優しい気持ちを持っていれば、きっと不愉快な人間は少なくなり、優しい気持ちを持った人たちがたくさん見えてくるはずだということを。

       

      そんなことを考えた日でした。

      posted by: twinchipmunks | 自分の思い | 07:59 | comments(0) | - |
      絵や書に寄せる想い
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        JUGEMテーマ:幸せなアンチエイジングの習慣

         

         

        日本文化を発信する手段として、寿司クラスや文化体験などのほかに、アクセサリー、書、絵を創り、販売しているのですが、大半のお客様はアメリカからが多く、ヨーロッパやオーストラリア、カナダ、南米、アジア諸国、中東など世界のさまざまな国から。

         

        オンラインで世界が用意につながることができる現代、ありがたいことに、日本に居ながらにして発信し、そしてお客様も海外の自国に居ながらにして、欲しいものを手に入れることができます。

         

        これらの書、絵は、ただ文字を書く書道というよりも、書と絵を組み合わせたり、水墨画で絵をかいたり、水墨画と日本がを組み合わせたりと、漢字を知らない方でもフェーリングで感じてもらえるようなものにしています。

         

        この絵が、本当に楽しいのです。

         

        もともと小さい頃、絵をかくのが好きだったことを思い出します。

         

        芸術に決まりや法則などはなく(いや本当はあるのかもしれませんが)、自分の思うまま、好きなように描くことが大切だと、私は思っています。

         

        楽しんで描く絵、自分を表現しようとしてかく絵は、その想いが絵にも映るのではないかと思います。

         

        書、絵を描くとき、私は、ひたすらに楽しみます。

         

        そして同時に、瞑想の大切な時間でもあるので、気持ちが穏やかになります。

         

        青空の午後、窓を全開にして、鳥たちのさえずりを聞きながら、畳の上で描く絵。

         

        その時間は、とても穏やかで平和で、本当に幸せに感じます。

         

        そんな風にして出来上がる絵たちは、どこか味があったりしますが、とても愛着がわきます。

         

        さらに一番うれしいのは、そういった作品を購入してくださる方がいるとき。

         

        「その絵を部屋に飾ってくれるのかな」

        「きっと和風や日本が好きなのかな」

         

        と思いを巡らせながら、丁寧に包んで発送します。

         

        自分の描いた書や絵に、価値を見出してくれる方がいるということは、この上ない喜びです。

         

        私の平和で幸せな気持ちも一緒に絵の中に見出してくれるといいなと、願いながら。。。

         

        幸せも絵と一緒に送りたい。

         

        書、絵を通じて、遠く異国の地でもその方が瞑想、黙想ができたらいい。

         

        そして、穏やかな心、平和、幸せを少しでも感じてもらえたらいい。

         

        今ごろ、飛行機に乗っているかもしれない私の絵たちを想い、まるで自分自身が飛行機に乗っているかのような錯覚を抱きながら、まだ見ぬ主のもとへ心が向かっていきます。

         

        なんだか、自分まで旅をしている気分になりながら。。。

         

        青い空遠くに飛ぶ飛行機を見ながら、そんな旅行気分を楽しみながら、次はどんな絵を描こうかとワクワクしてくるのです。

         

         

        posted by: twinchipmunks | 成功への道 | 08:06 | comments(0) | - |
        来春に向けての双子の夢
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          妹との新しい夢

           

          妹の姪っ子が幼稚園決まり、ようやく来春から妹にも自分の時間ができそうです。

           

          姪っ子が生まれてから3年。

           

          子育てに毎日忙しく、日々子育てで手一杯の妹。

           

          それでも双子である二人で何かを一緒にやりたいと、Webを立ち上げて、寿司や日本食、アクセサリーや書を中心に日本文化を広めることを少しずつやってきています。

           

          姪っ子がまだ小さかった頃は、寿司クラスの合間、タイミングよくお昼寝してくれたりと、何かとできたことが、姪っ子が大きくなってくるとそういうわけにもいかず、本人の意思も出てくるし、お昼寝もなくなり、部屋で黙って遊んでいるのにも飽きてくる。

           

          そんなわけで、必然的に姪っ子がプリスクールでいない時間のみが寿司クラス開催可能な時間帯になってきました。

           

          さらに、週2回の姪っ子のプリスクールの日でも、私と妹の二人の予定も合わなければ開催不可能。

           

          そして、その日程に参加希望者が合わせられるかというと、ほとんどが難しい場合が多いのです。

           

          ここ最近は、寿司クラスの申込みや問い合わせがあっても、ほとんどの場合お断りせざるを得ない状況です。

           

          さらに、寿司クラスは準備がとても時間も手間もかかり、それに加えて、妹の家の掃除。

           

          姪っ子の大量のおもちゃを移動させて、リビングをきれいにするという作業が思いのほか大変。

           

          最近、妹と、色々と案を練っています。

           

          なにか、今までやっていることに加えて新しいことはできないか。

           

          日本文化、外国人観光客というキーワードで、私たちにできることをさらに探していきたい。

           

          そんな風にアンテナを張り巡らせている今日この頃です。

           

          新しいことをしようとするときは、いつもワクワクなのです。

           

          まだ、見つけていない何かに出逢えるまで、これはどうかな、あれはどうかな、と思いを巡らせ、妹と案を出し合います。

           

          そんな時が、とても楽しい。

           

          まだ、見えない未来の新しいプロジェクト。

           

          なんとなく、光が当たりかけている今。

           

          来春に向けて、新しい案を育てていきたい。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

          posted by: twinchipmunks | 成功への道 | 07:52 | comments(0) | - |
          改めて、英語は、もとい日本語は難しい!
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            改めて思うこと。

             

            それは、英語は難しい!じゃなくて、日本語は難しい!

             

            いつも英会話レッスンを教えていて、気づくこと。

             

            それは私たちが日常に話している日本語がいかに難しいことか、ということ。

             

            話し言葉と、書かれている日本語がまったく違うということに、多くの日本人が気づいていません。

             

            新聞やニュースなどに書かれている日本語を実際の会話などで、私たちが使っているかというと、ほとんどの場合使っていないのです。

             

            そして、英語の問題集や学校の英語の教科書などテキスト類を見てみても、それは同じ。

             

            そこに書かれている日本語は、私たちが日常に使っている日本語とかけ離れているのです。

             

            それに気づかずに、多くの生徒さんが自分の言いたいこと(自分が考えている日本語、自分が日常に使っている日本語)をそのまま英語に変換しようとしている。

             

            そして、「難しい!どうすればいいんだ!どこから手をつけていいかわからない!」となるのです。

             

            例えば、テキストなどに、

             

            「誰かが電話をしてきたとき、私は昼食を食べている最中だった。」

             

            と書かれていたとしたら、この文章は英語に変換しやすいように書かれていて、こんな言いかた、あまり日常でしないのではないかと思います。

             

            きっと「電話がかかってきたとき、お昼食べてた。」などと言うのではないかと思うのです。

             

            話し言葉では、主語が「私」「あなた」のときに、ほとんどの場合省かれます。

             

            そして、自分を中心にした言い方をすることが、日常日本語ではとても多い。

             

            「電話がかかってきた」「宅急便が届いた」「お菓子をもらった」「時計を買ってもらった」

            「手伝ってもらった」「教えてもらった」「作ってもらった」などなど。

             

            これらは「誰が」という主語が抜けていて、自分に対してという点に焦点を当てています。

             

            そこで、主語は?と考えると、「私は時計を買ってもらった」となり、

             

            これを、このまま英語にしようとすると、

             

            I was bought a new watch.(時計を買ってもらった)

             

            などと、おかしな文章になるのです。

             

            また、「お昼を食べてた」「さっき何してた?」「テレビ見てたよ」「歩いてた」「電車乗ってた」「スイスに住んでた」などという言いかたもまた、曲者。

             

            「〜ている最中だった」と言えばわかりやすいのですが、「〜てた」というと、単純な過去形「〜た」とたったの一文字違い。

             

            その違いに気づかない人がとても多いのです。

             

            こういった普段の会話の日本語は、日本人同士で話していれば、充分に意味が通じ合っていて、コミュニケーションをとれているのですが、いざ、「その意味はどういうことか?」ということを考えると、きちんと把握していない人が実にたくさんいるということは驚きです。

             

            「その意味はどういうことか?」ということは、「ほかの日本語で言い換えができるか」ということ、そしてつまり「英語に正しく変換できるか」ということ

             

            私たちが普段何気なく使っている日本語。

             

            実は、とても複雑で、省略があったり、時代と共に変化してきていたり、奥が深いのです。

             

            そんなことに、レッスンをするたびに気づかされています。

             

            英語や、他の言語を学ぶということは、実は自分の言語を学び考えるということでもあるんだなと、改めて思わされます。

             

            だからこそ、私は生徒さんたちに、日本語をしっかりと考えながら、英語を学んでいってほしい。

             

            それで初めて、実際に使える英語になるのかなと思うのです。

             

            今日もまた、どんな気づきがあるのか、楽しみです。

             

             

             

             

             

             

            posted by: twinchipmunks | 自分の思い | 09:04 | comments(0) | - |
            色々なことに興味をもつ
            0

               

              色々なことに興味をもつ

               

              若い頃、私は自分の興味のあることだけをかたくなに信じていました。

               

              他の人の言うことや他の人自体にあまり関心がなく、自分の興味のある分野ならば食いついて行くけれど、それ以外は聞こえてきてもスルーという感じでした。

               

              若い頃、それでいいと思っていたのです。

               

              そして、その若い頃に、たくさんの興味があったかと言えば、あまりなかった。

               

              せいぜい、ファッション、お酒、タバコ、恋愛、といったところです。(その頃はお酒もたばこもやっていた頃でした)

               

              そして、英語を話すのが好きと思っていた頃、英語を話す人との出会いなどを求めてバーやパーティなどに出かけていったりもしました。

               

              ですが、初対面の人と話すということは、相手の興味のあることを聞き、自分の興味のあることを話すということ。

               

              そこでいつも、はたと気づくのです。

               

              自分は何に興味があるかなあ。。。特にないなあ。。。お酒飲めてタバコ吸えればいいかなと。

               

              それとも料理?またはこんな風にして人と話すこと!?

               

              ですが、中身のない会話だったように思います。

               

              相手が、自然が好きだとか、旅行が好きだとか、興味ある分野を一生懸命語ってくれるのに、

               

              ”ふーん、自然かあ。興味ないなあ。旅行も特に行ってないし。。。”

               

              という感じで聞いていたりしました。

               

              話すってどういうこと?と、それ自体を考えたりもしました。

               

              英語を話したいけれども、話す内容が見つからないなど。。。

               

              そして、それから20年ほどが経った今。

               

              現在、英会話レッスンをしていて、色々な生徒さんがそれぞれの興味のある話をしてくれます。

               

              それは私には全く無縁の話題だったり、興味を持ったこともないことだったり。

               

              車について、バイクについて、アウトドアについて、自然について、登山について、パソコンについて、グライダーについて、演劇について、日本伝統芸能について、コーラスについて、ワインについて、などなど。

               

              そして、仕事もその方それぞれに違います。

               

              デザイナーをしている方もいれば、役者をしている方もいる。

               

              ママさんもいれば、パパさんもいる。

               

              彼がいる方もいれば、彼女がいる方も。

               

              結婚したばかりの方もいれば、離婚された方もいる。

               

              それぞれの方の人生がその人それぞれであるように、興味のあることや趣味、仕事の内容など、みんな違います。

               

              考え方ももちろん違い、そういったいろいろな話を聞かせていただけるのが、今は本当に楽しいのです。

               

              以前、若い頃に興味を持てなかったのは、相手に興味を持っていなかったのだなあと思わされます。

               

              今は、新しい分野や知らないことを話してくれる生徒さんがいると、身を乗り出して聞いてしまいます。

               

              今まで自分の知らなかった魅力などを、その人は知っている。

               

              それを教えてもらえるということは、とてもありがたいことだと思うのです。

               

              例えば、登山は私には無縁のものでした。

               

              もともと山などがあまり好きじゃなかった私は、登山に行く人の気が知れないとまで思ったりしていました。

               

              夫がよくハイキングに行き、以前は連れていかれたりしていましたが、その頃はあまり楽しめなかった記憶があります。

               

              連れていかれたという思いがあり、自分で楽しもうともしていませんでした。

               

              ですが、今、登山好きの生徒さんが目を輝かせながら話してくれる、山の美しさ、登山の楽しさが、新鮮に伝わってきます。

               

              自分で登山をするまでにはいきませんが、でも話を聞いてその感動を分けてもらえるということは、とてもありがたく、こちらまで幸せな気分になります。

               

              そして、そういった生徒さんたちの興味あることを全身で聞くことで、私自身のアンテナも少しずつ色々な方向へ向きだします。

               

              たった一度の限られた人生。

               

              だったら、少しでも多くのことに興味をもって、感動したり、驚いたりできた方が、人生楽しめる。

               

              生徒さんの話を聞くことが楽しくて仕方のない毎日です。

               

              今日もまた、どんな話が生徒さんたちから聞けるのか、ワクワクしながら出かけていきます。

               

               

               

               

               

              posted by: twinchipmunks | 自分の思い | 08:05 | comments(0) | - |
              姪っ子の幼稚園
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                先日の姪っ子の幼稚園。

                 

                見事に受けた幼稚園はすべて合格という驚異の結果を見せつけた姪っ子。

                 

                ですが、実は、当日は大変だったそうで。。。

                 

                一番の候補だった幼稚園の面接が朝一番でした。

                 

                ママである妹とパパと一緒に面接会場に向かい、いざ面接スタート。

                 

                そこで「お名前は?」「何歳ですか?」などの質問をされるのですが、それにこたえられなかったという姪っ子。

                 

                何度も家で練習し、もちろん彼女は普段ならば言えるのですが、ただならぬ雰囲気やプレッシャー、緊張感などを感じたのかもしれません。

                 

                もじもじとして、名前も言えなかったとのこと。

                 

                帰りに「さようなら」と言われても、それにも答えられなかったと、妹から怒りのメールを私がもらったのは、当日の午前中のレッスンの最中。

                 

                「もう信じられない!!頭真っ白だし。もう終わったね。」

                 

                と、妹の怒りが想像でき、さぞかし我が子に怒り散らしているんだろうと思うと、気が沈んでしまいました。

                 

                ですが、実は姪っ子、子供たちだけの遊びの時間(面接官や先生がそれを見ているらしい)の時には、きっとちゃんとできていたのだと思います。

                 

                そして、緊張感からか、普段トイレが近くない彼女が、「トイレに行きたい」と先生に言えたそうで、そういったもろもろのことを学校側は見ていて、総合的に判断したのだと思います。

                 

                妹は前日に調べた情報に「面接時に名前と年齢が言えるか言えないかが合否につながる」というものを見つけてしまったがために、「もうだめだ」と絶望的になり、お返事ができなかった娘に腹がたって仕方がなかったと言います。

                ママとしての妹の気持ちもとてもよくわかりました。

                 

                心配だからこそ、色々調べたのだし、万全に準備しておきたかったのだと思います。

                 

                ですが、そんな心配や絶望をよそに、ふたを開けてみたら、姪っ子はこの第一希望の幼稚園、見事合格!

                 

                そして、第二、第3希望の幼稚園も、受けたところはすべて合格をもらっていたそうです。

                 

                来春からは、幼稚園の制服を着て、社会へ足を踏み出す姪っ子。

                 

                一日一日と成長を続ける姪っ子。

                 

                子供の可能性や秘めた能力というものは本当に素晴らしいと思います。

                 

                大人が、「これができればいい」「こうするのがいい」と思うことが、ときにはそうではないこともあるのかもしれないと、今回つくづく思いました。

                 

                優等生のように何でもできることが良いのではなく、言われたことをちゃんとできるだけがよいのではなく、

                 

                その子自身の本人らしさが発揮でき、本人が好きだと思うことや楽しいと思うことを精一杯できるということが大切なんだなあと思います。

                 

                人と同じでなくてもいい。

                 

                ロボットのように同じことを同じように正確にできるだけでは人間味がありません。

                 

                周りとちがったりすることこそが、その子の輝く個性になっていくはずだと思います。

                 

                そんなことを考えさせてくれた、姪っ子の幼稚園お受験の出来事でした。

                 

                 

                 

                 

                 

                posted by: twinchipmunks | 子育て | 08:24 | comments(0) | - |
                輝く未来を歩んでいく姪っ子
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                  姪っ子の幼稚園

                   

                  今日、姪っ子にとって、そして妹家族にとって、大切な日。

                   

                  幼稚園のお受験日です。

                   

                  私たちが子供の頃、田舎の新潟では、お受験などあったのかどうか記憶にすらありません。

                   

                  ただ、幼稚園のかわいらしい制服が好きだったというのと、とても大きな魅力的な遊具があったというのくらいは覚えています。

                   

                  目黒のど真ん中にいる妹家族にとって、幼稚園は受験戦争。

                   

                  今年は特に倍率も高く、また、遠くからも申し込む人もいるため、さらに難しい関門です。

                   

                  妹やパパの思いはもちろん、「この幼稚園」というものがあり、できれば、本当にその幼稚園に受かってほしい、と願っていることと思います。

                   

                  私も、パパママ、姪っ子みんなハッピーな結果を願っています。

                   

                  だけど、これは神様のみが知っている。

                   

                  どうなるのか、本人や周りの期待通りになるかどうか、それは誰にもわからない。

                   

                  そして、もしも希望通りにならなかったとしても、それが悪いわけでも残念なわけでもないんだろうと思います。

                   

                  人は「もしもああだったら。。。」「あの時こうだったら」「あっちにしていたら。。。」という、もう一方の人生を同時に歩むことは誰にもできない。

                   

                  だから、それは仮定であって、空想であって、誰にもわからない。

                   

                  今起こっていることが現実であり、その道を精一杯歩いていくだけです。

                   

                  その道は、それでも軌道修正したりできる。

                   

                  だから、どうなったとしても、それは姪っ子にとって、最善の与えられた道だと思うのです。

                   

                  どんな結果もハッピーなんだろうなと思います。

                   

                  その道で、姪っ子が輝いて、楽しんで、彼女のできることややりたいことを精一杯やってくれたらいいなと心から願っています。

                   

                  人は(子供は)、だれでもできること、できないことが違う。

                   

                  得意なこと、好きなこと、嫌いなこと、苦手なこと、みんな人それぞれ。

                   

                  周りのみんなやお友達ができていても自分にできないこともたくさんあると思う。

                   

                  だけど、その代わり、必ず周りになかなかできないのに、自分にはできることがあるはず。

                   

                  競争や向上心のために、周りと比べたりすることは大切。

                   

                  でも、それ以上に本当に大切なことは、周りと自分を比べることではなくて、自分は自分で十分だと自分をほめてあげることかなと思います。

                   

                  自分を愛してあげて、自分をほめてあげて、自分を認めてあげて、自分はできることがいっぱいあって充分だということを、自分でいつもわかってあげていることができていれば、どんな悔しいことや挫折を味わっても大丈夫と思えるのではないかなと思います。

                   

                  姪っ子がこれから社会にでて、たくさんの経験をしていく。

                   

                  自分を好きで愛してあげて、輝く未来の道を楽しく歩んでいってほしいと思います。

                   

                   

                   

                  posted by: twinchipmunks | 子育て | 07:52 | comments(0) | - |
                  趣味や楽しいことが仕事になっている今
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                    JUGEMテーマ:幸せなアンチエイジングの習慣

                     

                    昨日、生徒さんと話していた時に聞かれたこと。

                     

                    「いつがお休みなんですか?」

                     

                    「基本的にお休みはないです。特別に私自身で予定がない限り、土日祝日もお休みとしてスケジュールを組んでいないので、レッスンが入れば仕事だし、レッスンがもしも入らなければその時間はお休みです。」

                     

                    「大丈夫なんですか?!」

                     

                    「全然、大丈夫です!私にとって、仕事というよりも、生徒さんに会う楽しい時間なので!しかも、レッスンがない時間は家でアクセサリー作りばかりしてしまうので、逆に外に出て行って生徒さんと話せることでバランス取れてありがたいんです。」

                     

                    「えーっ?じゃあ休みの時間とかでも仕事じゃないですか?!全く仕事しない時間ってないんですか?」

                     

                    そこで、思ったのは、仕事ってなんだろう。。。ということ。

                     

                    アクセサリー作りや書を書くことは完全に趣味の分野で、楽しくてやめられない。

                     

                    好きで好きで仕方なく、時間があれば作って書いてしまう。

                     

                    ただ、アクセサリーを作ったり書を書いたりしたら、その写真撮影、編集、説明文のアップ、販売などという作業が必ずついてきます。

                     

                    それから、顧客とのメッセージでのやりとりや、オーダーメイドなどの注文の作成など。。。

                     

                    そして、オーダーが入れば、そのラッピング、出荷準備、インボイスづくり、リスト作り、郵便局へ出向いての発送などが続きます。

                     

                    そんな作業をすべて含めて、私の中では楽しいワクワクする時間です。

                     

                    だから、仕事と思っていなくて、土日だろうが、夜寝る前だろうが、食事中だろうが、就寝中でもいったん目が覚めて顧客からのメッセージに気づいて返信(海外からなので時差の関係で大抵は夜に連絡が来ることが多いため)など、日常茶飯事です。

                     

                    ですが、もしもこれが会社で雇われていて、「やらなければいけない仕事」として与えられているものだったら、きっと苦痛に感じているのかもしれません。

                     

                    自分でしたいからやっているので、楽しくて仕方ない。

                     

                    やらずにいられない。

                     

                    やりたくてやめられない。

                     

                    どんどんやってしまう。

                     

                    そんなアクセサリー作りの仕事は完全に趣味が仕事になったもの。

                     

                    自分の好きなことが趣味になっているなんて、こんなにありがたく、恵まれていることはありません。

                     

                    自分が作ったものが、いいと思ってもらえてお金を出して買ってくださるということのありがたみを実感します。

                     

                    それは、高い安いではなく、決して高価ではありませんが、自分の作り出したものに価値を見出してくださるということ。

                     

                    そんなアクセサリー作りの仕事は、終りなどがなく、止めてくれるものがないと延々とやり続けてしまいます。

                     

                    だからこそ、レッスンがありがたい。

                     

                    レッスンが入っているおかげで、バランスが取れているのです。

                     

                    アクセサリー作りを中断して、支度をして出かけていく必要がある。

                     

                    人のいるCafeへ出向いていき、生徒さんと楽しい会話をする。

                     

                    生徒さんに会って、笑って話して。

                     

                    これがなかったら、一人家にこもってアクセサリー作りに没頭してばかりで、不健康になってしまいます。

                     

                    レッスンはそんなわけで、毎日入れているのです。

                     

                    そして、レッスンで、いろいろな生徒さんたちの日常を聞いたり、自分の話をしたりする。

                     

                    とても楽しい刺激的な時間。

                     

                    同時に、自分も気づきをいただいたりと勉強になる時間。

                     

                    土日や祝日なら、なおさら、Caféでの友人との時間といった雰囲気。

                     

                    生徒さんもリラックスして、週末のCafeタイムにやってくる気持ちできてくださいます。

                     

                    だから私は、レッスンも仕事と思っていないのです。

                     

                    私の長年の仕事というものは、「嫌なもの、やりたくないもの、でもやらなければならないもの」というイメージでした。

                     

                    そういう意味では、私の今の仕事は英会話レッスンもアクセサリー作りも寿司クラスもすべて仕事ではないのです。

                     

                    人との出会いやつながりのある、楽しいありがたい時間。

                     

                    「仕事が楽しい、仕事がやりたいこと、仕事が趣味」

                     

                    こんな言葉、存在するのかな、と以前思っていましたが、それが今現実になっています。

                     

                    毎日に感謝。

                     

                    顧客や生徒さん、ゲストに感謝。

                     

                    支えてくれる家族に感謝。

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                    posted by: twinchipmunks | 成功への道 | 08:28 | comments(0) | - |
                    実は今も形を変えて続けていたことに気づいた
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                      昨日の夜のレッスンで、ものすごいことに気づかされました。

                       

                      それは、私がもうすでにやめてしまっていると思っていたこと。

                       

                      以前、一時期ミーティングという形で、自分の体験談をシェアさせていただくという活動をしていた頃がありました。

                       

                      その体験談は、自分が辛かった時期のどん底だった頃のことから、どうやって今幸せに思えるようになったかという経緯を話させていただくというものでした。

                       

                      この自分の体験を話すことで、もしも同じように幸せに思えなかったり、生きづらかったりという思いを持っている人がいたら、お互いにヒントとかになったりできるかもしれないという思いがあり、また、何よりもシェアさせてもらうことで、自分がさらに学ばせてもらえるという機会でした。

                       

                      今、その活動はもうしていなくて、私はやめてしまっていたと思っていました。

                       

                      ですが、昨日の夜、レッスンの帰りに突然気づきました。

                       

                      実は、今もずっと私は、やっていたということ。

                       

                      そして、形を変えているけれども、レッスンの中で、対相手の一対一ですが、生徒さんとシェアをしていたということ。

                       

                      それは、生徒さんによって、内容の深さは違ったりしますし、あまり具体的には話さないことがほとんどです。

                       

                      ですが、生徒さんが、それぞれ何かしらの悩みを抱えていたり、人生や仕事や人間関係に行き詰まっていたりしたときに、それらを相談されると、それに対して私は自分がどう生きてきたかを考えます。

                       

                      自分の一番つらかった過去を思い出し、かつてどんな気持ちだったか、そしてどのようにそこから今に至るかを思い出します。

                       

                      そうすることで、実はシェアをさせていただいているということに気づきました。

                       

                      もちろん、生徒さんは英会話を習うために私のところにくるのですから、あまり重たい話をして、ひかれたりしない程度にですが。。。

                       

                      ですが、気が付けば、生徒さんからは、英会話のレッスンだけでなく、人生相談や、日頃の悩みなども持ち掛けられたりします。

                       

                      人それぞれ、本当に皆さん、いろいろな人生をあゆみ、色々な体験をされていて、辛い思いも、人それぞれ。

                       

                      かつて仕事がハード過ぎて、精神を病んでしまい、転職せざるを得なかった方。

                       

                      また、ご自分の息子さんがやはり仕事のせいで精神を病んでしまい、仕事をできずに辞めるに至った方。

                       

                      自分の彼が、人間関係で体を壊すほど悩んでしまったり、思い詰めたりしてしまうという方。

                       

                      自分のパートナーとうまくいかずに、別れ話に発展しそうな方。

                       

                      大切な家族を失ってしまい、絶望のどん底にあった方。

                       

                      結婚まで考えていた相手と破局してしまった方。

                       

                      離婚を経験された方。

                       

                      人生を変えたくて転職をした方。

                       

                      そして、今仕事の人間関係でまさに大きな問題を抱えていて、仕事をやめたい、自分を変えたいと悩んでいる方。

                       

                      昨日のレッスンは、そんなある生徒さんからの質問でした。

                       

                      「先生は、いつぐらいにご自分を今のように変えようと思い始めたんですか?」

                       

                      それで、はたと自分の過去を振り返りました。

                       

                      ”そうだった。

                       

                      自分は4.5年ほど前、人生のどん底へ行って、絶望の淵にいた頃があった。

                       

                      その頃はとにかくどん底から何とか這い上がろうとしていた。

                       

                      それから、這い上がってきて精神的に何とか立ち直ってきたら、今あることがありがたいと思えるようになり、今度はさらに自分を変えようと、人とのつながりを求めて、色々な活動をしていた頃があった。

                       

                      その頃、いろいろな人の集まりの会に参加してたんだった。

                       

                      そこで、たくさんの刺激を受け、色々な人と出会い、いろいろな考え方に会い、そして、気づけば自分が少しずつ変わっていったんだった。”

                       

                      若い頃から自分を変えたくて変えたくて、でもどうしてもなかなか変われなかった自分が、気が付けば変わっていました。

                       

                      自分の考え方が変わってきたら、少しずつ行動が変わっていました。

                       

                      以前の自分とは違う考え方になり、違う行動の仕方になり、そうすると自分の生活が変わっていました。

                       

                      そんなことを思い出し、ぽつぽつと彼女に話しました。

                       

                      その時に、「ああ、私は、今もこういう形で、シェアをさせてもらえているんだ」ということに気づいたのです。

                       

                      彼女は今、とても人生に行き詰まっているから、私も自分のことをかなり深くまで話しました。

                       

                      もちろん、人生、順風満帆に生きてきている(ように思える)生徒さんには、こんな重たい話はしないし、する必要もありません。

                       

                      逆に日頃の悩みやストレスを忘れて楽しい時間、集中する時間にしたいという方には、ひたすらに楽しく明るくレッスンをする時間です。

                       

                      ですが、辛い思いをしている生徒さんたちが、その思いを私に打ち明けてきたとき、その気持ちを受け入れることができます。

                       

                      少なくとも、自分も辛かった頃があるから、自分のその頃の気持ちなど共有できます。

                       

                      私は若かった頃、どん底を味わう前は、「精神的に病む」や「精神病」という言葉にかなり抵抗がありました。

                       

                      「えっ?!大丈夫?!この人!」みたいな思いで見てしまっていました。

                       

                      それは、その人の辛さや抱えているものがわからないし、経験したこともないし、理解できなかったからです。

                       

                      そういう人たちが自分とは違う特別な人たちだと思っていました。

                       

                      その頃だったら、きっと精神的に追い詰められている方たちにどう対処していいか、わからなかったと思うのです。

                       

                      ただただ、おろおろとして、「大丈夫かな、自分が何か言ったら、その言葉のせいで、さらに落ち込みがひどくなったりしたら大変だし。。。」

                      などと考えて、適当に慰めたり、「大変ですね。。。」くらいしか言えなかったのではないかと思うのです。

                       

                      だけど、「精神の病」などという言葉とは無縁だと思い込んでいた私自身が精神的に追い詰められて、どん底まで行った体験をしました。

                       

                      自分が精神的にどん底に行ったとき、そして周りにそういう仲間がいたとき、私は全然大丈夫じゃなかったし、彼らがもはや特別な存在でもなく、彼らもまた自分と同志だったのです。

                       

                      そのどん底の経験を経たからこそ、今人の痛みや辛さがわかるようになったと思うのです。

                       

                      それがあったからこそ、今があり、今の私がいる。

                       

                      悩んでいる生徒さんたちにアドバイスができるわけではありません。

                       

                      だけど、自分の体験を話すことはできる。

                       

                      自分が当時どんな思いだったか、それから自分は何をしたか、などを話すことができます。

                       

                      そして、言えることは、「人生、どん底へ行ったら、必ずあきらめないでいれば、そこから這い上がることができる」ということ。

                       

                      底まで行ったら、後は上がるのみ。

                       

                      だから、どんなに辛いことでも、必ず楽になるときが来ると思えるということ。

                       

                      そして、どん底を味わったり、絶望や辛い思いをするということは、それはきっと自分が変わるきっかけの時だということ。

                       

                      そんなことを話しながら、自分が何をしてきたかなどを振り返ります。

                       

                      昨日は生徒さんに、具体的にどんなことをしたのかを聞かれて、忘れていたたくさんのことを思い出しました。

                       

                      自分を変えたくて読んだ本。

                       

                      参加した会やアクティビティ。

                       

                      毎日、こつこつとやったこと。

                       

                      人に助けを求め、つながりを求めていったこと。

                       

                      そんな内容をシェアさせてもらって、ふと思い出した本をまた読み返してみようと考えています。

                       

                      自分の過去を振り返ることは、ともすれば忘れてしまいそうになる大切なことを思い出させてもらえるということ。

                       

                      そして、軌道修正したり、自分の今の気持ちや状態を改めてチェックしたりできる。

                       

                      そんな機会を、実は英会話レッスンということを通していただけていたということに、気が付いた日でした。

                       

                      生徒さんに感謝。

                       

                      毎日に感謝

                       

                      今に感謝

                       

                       

                       

                      posted by: twinchipmunks | 自分磨き | 07:38 | comments(0) | - |